辞書なしで読解力を鍛える方法

以下では、いかに「読解力」を鍛えたか?鍛えるかをお知らせします。

①英語の本と、日本語に翻訳された本を入手します(止むを得ない場合は「対訳本」でも可)。
(対訳本とは左ページに英文が、右ページに日本語文が有るものです。対訳本には欠点が2つ有ります。
目が自然に日本語訳の右ページに行き、「原語の世界に入り込めない」が最大の欠点として有ります。
2つ目の欠点は「学習臭さ、勉強臭さ」がつきまとう事ですかね?)

②英文の一定部分を「辞書を使わずに」読む。

③同じ部分を「日本語訳」で読む

④上記の②と③を繰り返す。

「いつの間にか」
「辞書なしで」
「最後まで」
「苦痛無しで」
「次に何が起こるかワクワクしながら」
「読み終える」!!!!!

⑤上記の「一定部分」の目安ですが「苦痛を感じ始める直前」です。

「えー!?そんな曖昧なー!?」
人によって、その言語に対する能力、本の内容等々、様々なものに依存します。

このやり方に慣れていない段階では、極端に言えば「1センテンス=1文章ずつ」でも良いです!

「それだと行ったり来たりが却って煩わしい!」

「分りました!では1段落ずつ」にして下さい!

ちなみに最初私が実践し始めた頃に選んだ物は1章10ページ位でした。

1章ずつ読むことにしました。

最初に約10ページの第1章を英語で読みました。
次に同じ第1章を日本語訳で読みました。
次に第2章を英語で読みました。
次に同じ第2章を日本語訳で読みました。
 
えー!?!?もう英語の最終章!?!?

「嬉しい誤算」ですが、最後の方では「英語だけでほとんど分りました!」
最終章を日本語訳でも読みましたが、「単に内容を確認するだけでした!」

⑥私の最初の感激は大きかったです!
「やった!」
「苦痛無しで1冊上げた!」
「こんなんで良いの?」

何故、今までのやり方がダメで、この方法が良かったのでしょうか?

⑦当時の私の英語の読解力は
馴染みの無い分野で「50%以下」、
少し知っている分野で60~70%程度、 稀(まれ)に自分の興味が溢れる様に有り、平易な英文で書かれている場合が90~95%程度、
(この数少ない例外がポールケネディの「大国の興亡」でした!これは私のやり方を使うまでも無く、日本語訳の助け無しに、最後まで読み通せました!)

⑧「エー!そんなに良いの?」と言われた方、ご安心を!
日本語で「すらすらと読める」と言う場合、どの程度の理解力でしょうか?

割合の%のはじき方にも依ると思いますが、「90~95%以上」だと思います。

「分からない部分が5%以下なら」
「前後の文脈で」
「自然に補いながら」
「大きな誤解無しに」
「読み終える」ことが出来ます。

⑨「推測をつけながらも」
「どうしても気になり」
「広辞苑等を引く」
と言う事も絶無では無いですが、電車内などの外出時には出来ないし、

⑩と言うことで、
「分からない部分が5%以下」なら
「何時の間にか疑問解消」!!

⑪逆に「分からない部分が10%以上」なら

「分からない部分が20%以上」

「分からない部分が30%以上」

「分からない部分が40%以上」

「分からない部分が50%以上」

「分からない感が増殖」
と言う感じになると思います。

⑫今まで読んだ事が無く「内容を是非知りたい!」
と思う本の読み始めは「ワクワク」しますよね!!

作者が「ネイティブスピーカー」を対象に、その人達がその世界に入って行き易い様に、ひきつけながら書いているので当然です
(そうでなければその母国語圏で、その作品は生き残れません)

⑬「分からない感」を解消出来れば
「ワクワク感」を無くさずに最後まで読み通せます!

⑭どうしたら良いか????
「辞書を引きまくる」→私の経験では
「苦痛が増大して失敗」への道まっしぐら!

⑮さりとて
「分からない部分はそのママにしてトニカク読み流し、読み通す」やり方。
これは上の「辞書を引きまくる」やり方に比べれば
最初の苦痛は、はるかに小さいです!

が、 「作者の作り出している世界」から始めの段階で
「10%以上はじき出されている」と思うと、
読み進めるにつれて「作者の世界から疎外されていく割合が増大」
と言う別の苦痛でストップしてしまいます。

理解度曲線

その結果が上の図です

余程の理解力が無ければ最初の1章か2章では少しは作者の世界に入れても、作品の最初の理解度が80%でも、→45%→23%→12%と章ごとに「壊滅して」いきます。(一応グラフの「Case2」に対応しています。細かな数字には余り意味は有りません!)

⑯上の2つの方法は言わば
「前門の虎、後門の狼(おおかみ)」
(「前にも後ろにも逃げ道のない状態」と言う意味)
と言う落とし穴だった訳です。

前門の虎:今の場合、「辞書を使いまくって2~3ページまでは行くが、力尽きて放棄」のパターン

後門の狼(おおかみ):今の場合、辞書無しで単に読み流して行き、「分らない感」が増大して、力尽きて、、放棄のパターン

そんな落とし穴を避ける為に「日本語で読んで文脈の理解を補う」のです。
(項番は逆にしないで下さい!日本語で読むのは「頑張ったご褒美」と考えましょう!次に何が起こるかと言う「ワクワク感」が有るから「原語で読む」事に2章、3章と本の最後までチャレンジ出来ます)

⑱実は⑰無しに⑮の「読み流し、読み通し」では理解度は70%→25%→10%→?%と「壊滅して」いきます。Excel で作成した図を参照して辞書無し下さい。

⑲一方、⑭のやり方は「最初の1章だけ」は「頑張って95%まで持っていけるかも知れません」。

⑳しかし、「私の場合は」そこに至る過程で「燃え尽きて」「これ以上は一寸」でギブアップです。


上の図が私の方法を使った場合です。ほとんどの場合(理解度<90%)に「最初の方しか分らない」と言う状態から救われるのです!
(一応分かる、或る程度分かる、と言う状態が本全体に広がります!)

少し説明しましょう!

我々日本人は通常、中学校、高校の6年間「それなりに」(人によっては苦痛を撥ね退け(はねのけ)て)英語に関して「相当の」努力をしてきていると思います。

「大学入試に成功した」等の「ご褒美」は貰えたでしょう!

しかし、
「外国人と不自由なく話せる様になった」
「英語で書かれた本が不自由なく読める様になった」
等々の「本来のご褒美」を辛く苦しい6年間の努力の報酬としてあなたは受け取ったでしょうか?

答えが「Yes」ならこのホームページをここまで読んでいませんよね!?(笑)

そうです。そこまでの「本来のご褒美」「本来の努力の果実」を味わうだけには至っていないのですが、

それはそれ

英語で書かれた本の、最初の数ページなら(勿論色々な条件によりますので一概には言えませんが)、「ある程度は分かる」、「何となくは見当がつく」、

仮に、そこまでさえ行かなくとも、
「この段落は分かる」「この一文は分かる」位の力は、如何に欠陥だらけの日本の英語教育でも我々にさずけてくれていると思います。
(もしも「そこまでさえも行かない」と言う方も悲観しないで下さい。私のやり方をもっと細かく分割してやってみて下さい。)

ただ、 悲しいかな
最初の数ページを自分の腹に落とし込めるほどの理解は出来ません!
(勿論まれに出来る人もいます!その方はここまでたどり着いていることは無いですよね!?)
(そこまでいかなくとも私の様に「この分野のこの手の本なら」ほとんど分る、と言う場合も有るでしょう!その場合は「ラッキー」と思い、少しでもそうした分野を広げて行きましょう!)

と言う事であなたが是非その内容を知りたいが、されども、苦もなく英語で読んですらすらと理解できるほど内容に精通はしていないと言う分野が沢山有るよ!
と言う方が大部分だと思います!

まとめます!
ある程度は分かるけど、話の筋がわからなくなって、挫折する
と言う方が大部分だと思います!

ではどうしたら?

極端に言えば、
この「どうしたら?」に答える為に、
この「どうしたら?」の答えを見つける為に
私の長年の努力のすべてが有った!
と言っても言い過ぎでは無いと思います!

要は「話の筋が分かれば良い!」

はい!
ならば、そこの部分を「日本語で読めば」良い!!
ですよね?

はい!
たったそれだけの事なのです!!

勿論
「初めから日本語訳を読む」
のとは何かが違う
と言うのは良いですよね?!

さあ!
「何が違う!?」
のでしょうか?

「不完全な理解」では有ったかも知れませんが
「ともかくも」
「英語で読んだ!」
この事実は消えていません!

「日本語」と言う「補助輪」をつけて「初めて自転車に乗る」
と言うのと似ています!

とにもかくにも「初めて自転車に乗る」と言う事をあなたは英語で読むことでしています!

そして何ページかを読んで投げ出してしまうのは
「その自転車が倒れて」
もう二度としたくない!
という気持ちになる事に対応しています!

だから
「自転車が倒れてトラウマになる」のを防ぐ
それを防ぐ「補助輪」が
「日本語訳を読んで」
「見失ってしまった」
「文脈を取り戻す」!!
と言うことだったのです!

更に言います。

このやり方には嬉しい誤算と言うか「おまけ」が付きます!
「理解度曲線(その2)」をもう一度ご覧下さい!

私のやり方と言う「補助輪」の為に「とにもかくにも」読めた! と言うだけでは有りません!

実は「はっきりと加速」します!

そうです!
尻上がりに「理解度が進みます」!

そして
「いつも」と言うわけでは無いですが、
「最後の数章は」
「日本語」と言う「補助輪」無しに理解出来てしまいました!!

「日本語」で読むのは
「単なる確認!」
と言う域に達していました!!

それどころか余り、大きな声では言えませんがとんでも無い「誤訳」さえも、見つかった事も有ります!!

「私の力が、レベルが高かったから?」
「トンデモナイ!」

日本語で本が読めて、
まがりなりにも楽しめるひとなら
「自分なりの理解」
「自分なりに話の流れをつかむ」
と言うことが出来るからこそ
本を楽しみながら読み進める事が出来ます!!

しかし!!

どんなに優れた翻訳者でも
完璧な翻訳は
無いです!

日本人の書いた本は楽しめるが
外国人の書いた本は日本語でも
今一つ楽しめない
と言う方!

安心して下さい!

その原因の何割かは
翻訳の「不備」に有ります!

勿論、この「不備」は避けられないものです!

それは

「英語から日本語への完全100%な翻訳」が存在しないからです!!

翻訳を読んでいて
「あれ!?」
「この筋の展開はいま一つ理解出来ないな~!?」

原因は
(1)読者としてのあなたとその作品の相性の悪さ?!
(特に外国作品の場合、文化的ギャップも有るでしょう!)
(2)原作者の力量不足?!
(3)翻訳の(避けられない)失敗!?

この(3)が「残念ながらゼロでは無い」のです!

私の「英語」→「日本語」→「英語」→「日本語」→ で、大筋を理解していれば、
「次は A となるか、意外性を狙って B か?」
という風に
「或る程度先を読め」ます!

それが「こうなるしか無い!」と言う時に翻訳がそれからはずれたら
「一応原文をじっくり見てみましょう!」

私はこうして
「結構致命的なミスを見つけました!」

簡単に言うと
「仮定法過去」と「過去」を訳者が取り違えていて、
「意味が正反対に!!」
なっていたのです。

「翻訳だと話の流れがそこだけ突出してオカシイ!」

これほど「劇的!」な「ミス」は流石に1度だけでした!
(意地悪い見方で読めば、もっと沢山あったかも?!)

そこまで極端ではなくとも
「原文をあらかじめ読んでいたからこそ訳文の「真意」が良く分かった!」
と言える部分は無数にあったのです!!

これは確かに「私の方法の」「副産物」と言っていいかな~??
と思わず「自画自賛」してしまいました!!

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